大震災の教訓 2011年3月11日。 そのとき、私たちは何を考え、どう行動したのか?~

万一への備えと、互いに支え合う想いで乗り越えた震災。

いつもと変わらないはずの金曜日の午後に、突然訪れた史上最大の震災。この未曾有の天変地異の中で、その時実際に何が起き、人々はそれにどう対処したのでしょうか。東日本全体に及ぶ甚大な被害を乗り越え、そして今後へのかけがえのない教訓としてこの体験を活かすため、東北・仙台でこの大震災に遭遇された方々の貴重な声をお聞きしました。

【出席者】
仙台市内・Wマンション管理組合の皆さん・管理組合理事長・
防災委員Aさん・Bさん・アメニティーメイト(管理員)

突然襲った白昼の震災。2010年その時わが家は

理事長:地震は昼間でしたので、マンション内にいたのはほとんどが女性やご高齢の方でしたね。

Aさん:私も仕事中でしたが家に電話をしてもつながらず、また道路も大渋滞で動きが取れず、結局このマンションに戻れたのは夜でした。

アメニティーメイト:地震の揺れが収まった後、皆さんが自然にエントランス周辺に集まりはじめました。すぐにこの集会所を開放すると、私は全戸のドアをノックして回り「大丈夫ですか!」と声をかけ、閉じ込めがないか、ケガ人はないかの確認を行いました。幸いケガ人はいなかったのですが、全戸を回る中で建物の一部に損傷などが確認できましたので、その部分への対処方法を考えました。地震で受けたショックが大きい中で、さらに頻繁に続く余震に対処しながら、誰もが心中は今後の不安で一杯でした。皆で声をかけ合うことで何とかその不安を解消していました。

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初期避難、そして集団生活へ

理事長:人数が揃い、組合として動けるようになったのは当日の夜になってからでした。一時的にこの集会所を避難場所としました。外部の避難所などに移られた方もいましたが、電気が復旧するまでは常時20人ほどがここに寝泊まりしました。

Aさん:以前から防災手順や備品を整えておいて本当によかったですよね。

理事長:うちの組合では前理事長時代から防災への意識が高まっていて、万一の場合への対策についての話し合いを重ね、備品なども計画的に準備していたんです。2010年11月に防災用品を購入し、2011年4月に利用説明会をかねた防災訓練をする予定で、有事の際の担当や役割を決め、メッセージボードとしてホワイトボードを購入したところでした。イザという時に、集会所を開放することに決めており、準備ができていたことが役立ちました。

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ライフライン復旧まで
ホワイトボードが大活躍!灯りの大切さ・温かい食事のありがたさを実感・・・

ライフライン復旧まで

理事長:通信が不通の中では、エントランスに設置したホワイトボードが非常に役立ちました。住民の方が家族の所在やメモなどを書き込んでいました。これがこのマンションの情報中枢でしたね。

Aさん:このマンションでは敷地内の公園の水道が1本だけ生きていたのも大きかったですね。それと防災委員の一人がストーブと発電機を持ってきてくれたのも幸運でした。

Bさん:辺りが真っ暗な中、一カ所でも光源があるのは想像以上の心強さでした。ご近所の方も自然と灯りに集まってきて…。

理事長:防災用品の備蓄は結局、リスクとコストのバランスなんですね。あらゆるものを備える予算はないので「何が最も重要か」を何度も話し合い、公共の重要備品を優先したんです。先ほどのホワイトボードもそのうちの一つです。

Bさん:食料は各戸から持ち寄りました。ストーブは、暖をとるだけではなく、調理にも役立ちました。私が調理師の免許を持っているので、集まった材料と日持ちを考えて食事の計画を立てたんです。ホカホカのカレーを出した時など、皆さんに喜んでもらえました。温かい食べ物を食べると、本当に力がわいてくるんですね。

Aさん:とにかく困ったのは情報が入らないことです。例えば津波被害が出たことは知っていましたが、実はその津波がここからほんの500m先まで達していたんですよ。でも私たちはそれをまったく知りませんでした。後からその事実を知らされて改めて驚いたり安堵したり、また急に怖くなったり…。「今何が起きているかわからない」という状況は本当に恐ろしいです。

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震災の中で得た、本当に大切なもの
家族の命そして、改めて実感する「コミュニケーション」の大切さ

震災の中で得た、本当に大切なもの

震災後の復旧工事の点検を行う
Wマンション管理組合の皆さま

Aさん:やはり大事なのは、まずは家族の命です。この震災を機に、通信や交通手段が途絶えた際、家族でどこに集まるかを決めました。

Bさん:震災後、避難生活により、住民の方々の団結力が生まれました。避難生活では、はじめて顔を合わせた人もいましたが、「ありがとう」「ごめんなさい」など、かけ合う言葉から始まるコミュニケーションが大事だと痛感しました。今でも「震災の時はありがとう」と言ってくれる方がいます。今回の件では日頃からの交流の大切さをつくづく再認識しました。

Aさん:確かに避難生活で助け合いの精神が生まれ、各居住者より物資や食料が集められたいへん助かりました。震災直後に必要なのは「物」で、お金はほとんど役に立ちませんでした。有事の際に本当に必要なものを見極めて、日頃から準備しておくこと。それが教訓になりました。

理事長:この震災がもしも夏だったらと思うことがあります。食材はすぐに傷むし、感染など衛生面の配慮も重要になります。また冷房がないので熱中症対策も必要になるでしょう。災害はいつ起こるかわかりませんが、季節によって必要な物資や配慮が異なることも想定しておくべきだと感じました。

アメニティーメイト:被害の大きさは各地さまざまですし、実際に今も大変なご苦労をされている方も多いのですが、事前準備や組合の組織、そして住民の交流において、このマンションにお住まいの皆さんは本当に素晴らしかったと実感しています。災害への備えとは単に物資だけを指すのではなく、それを活かす人も含めてのことなのだと、今回の経験を通じて改めて感じました。

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